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他人からしてみれば一緒に居たくないほど狂っている

  • 2012/08/26(日) 23:07:59

アルバイトから帰りソファでゴロゴロし出してそのままこの時間まで
ゴロゴロとしていました。久しぶりにテレビを見たり下の娘に親父ギャグを
炸裂させたりしていました。四時半に帰ってきてから約六時間(笑)
普段の睡眠時間と同じ位ウダウダとしていました。

先週末は娘の引越しがあり気が付けばお盆に二日ばかり休んでから
ずっと仕事とアルバイトと私用に追われていたので疲れ気味なのも
仕方ありません。とどめに今日はバイト先で通常は行かないラインで
働いた為、なれない作業で余計に疲れています。もうぐったりです。

睡眠不足や疲労があると無茶食いするってラジオで最近聞きましたが
まさしく自分もその通りでして忙しい日ほど何故かワシワシと食べています。
それでも体重がさほど変わらないのは労働量に食事の量がマッチして
いるのでしょう。暇な時も同じ様に食べなければ良いかも知れません。
本業の時とアルバイトの時は食べる量はきっちりと違います。
困るのは両方とも休みの日でしてダラダラと食べちゃう時があります。

以前は何かの理由で緊張すると何か口に入れたくなったんですが、
これも良く考えると摂食障害の一種なのかも知れません。
精神状態と本来の食欲と食べなければって強迫観念ぽい心の動きは
絡み合って複雑化しています。シンプルに空腹を覚えたら
何か食べるようにすれば良いのですが、上手く行く時と行かない時が
有ります。何か不安を感じて食事をするのは立派に病んでいるんでしょう。

あと鍵を閉め忘れたような気がしたり、ガスを止め忘れたような気がしたり、
強迫観念じみたものはまだまだ身の回りに残されています。生来の粗忽さを
カバーする為に色々取り越し苦労をするとすればまだ良いのですが、
もしかして俺は馬鹿なんだろうかと思う時がたまにあります。

そんな地盤の上で暮していたのですから必然的にギャンブル依存の木は
大きく雄雄しく生い茂っていたんでしょう。その日陰から抜け出して
容赦しない世間と言う陽光の下で生身の体で暮している訳ですから
調子の良い事ばかりではなく具合の悪い事も付いて回るのは必然でしょう。

この点について誤解を恐れず書かせて頂くと狂っている時期の方が
精神的ダメージは少なかったです。感情とかが麻痺しているのも相まって
割と苦しさは感じませんでした。止められなくて悶絶するのを
別にすれば常に敵を探してテンションをあげて日々を送るので
自分の問題から目を背けっぱなしでした。放置していたと言う方が
正しいかも知れません。見なければ汚くないし感じなければ苦しくない。
生きている実感もさほど無くギャンブル殿にお仕えしてたんですね。

生活上の諸々に対処する方法が不得手な為、当然ながら苦しい時も
ある訳でして、それでも投げやりにならずに一つ一つ向き合わないと
ならないから時には一気にほっと出来る手段を夢想するのも有り得る話かも
知れません。今自分がギャンブル抜きの生活を続けていられるのは
運が良いのも多少はありますが、やる事をやる機会にちゃんとやれたから
なんでしょう。いつでも頼りにしていたギャンブルを首になって
気が付けば5年、新しい生き方はまだまだ上手にはなりません。

それでも下りのエスカレーターを登ろうとする毎日から
リタイヤする事は出来ません。回復の道のりから与えられる物に
対して一番の価値を置く事はとても曲げる事は出来そうにありません。
ギャンブルを止めたい。その願望だけで始まった二回目の人生です。
紆余曲折と共に10年目に向かう折り返し点に来れた事に感謝します。

ところで中間地点と聞いてバラン星とすぐ連想した人は
きっと同世代の方でしょう。ドメル将軍ばんざ〜い。

ギャンブル依存の本人募集中@山梨

  • 2012/08/22(水) 01:47:45

発足から早い物で山梨のGAもこの夏で3年が経ちました。
当初は木曜日の開催でしたが仲間の都合で水曜日に
変更してからメインのミーティングは水曜日に定着しています。

参加人数も水曜日が一番安定していたのですが、
最近のセクレタリーノートを見る限りではちょっと
少なくなってきたみたいです。

自分のグループの中の役割はオプションの会場だけですので
水曜日について口を挟むのは非常にお行儀が悪い事なのですが、
メインあっての玉穂や丸の内です。甲府が第一会場である事は
変りません。そこに仲間がドバドバ来てくれない事には、
自分の係りの会場にはおこぼれが流れてきません。

ぶっちゃけた話をすると今月のオプションの会場は
全部待機です。別名一人ミーティングとも言います。

新しい人が一度来て定着しないのは今始まった話じゃありませんが、
分母が小さくなるのは先々の不安を感じさせます。これを先取り不安と
言う霊的に困った現象です。具合の悪くなる素です。

ただ一つ言えるのはちょっと余裕をかまし過ぎていたんじゃないかと。
最初の頃の様な真摯な思いが薄れてきたんじゃないかなと思うんですよね。
何かしないと何も起きない。現状維持なんて物はとても無理なんだから
常に成長を求めていかないといけないんですよね。忘れていたわけじゃ
無いと思っていましたが回復の恩恵を享受している内に芯がずれて来た
みたいです。残念ながら。このマンネリをぶち壊すには
仲間の事を一生懸命するしかないみたいです。

この次の節目までテーマは広報で行ってみようか。

10月で年令は47才・中身ははりぼて

  • 2012/08/19(日) 19:43:17

娘の引越しと旧居の引渡しが今日すべて終わりました。

転居の為全て家財を運び出した部屋はやけに広く思え、
全て家財を押し込んだ新しい部屋はまるでバグダットの
朝を思わせるような混乱振りでした。
これはいつか片付く日が来るのでしょうか。

新しい街は学校からも近く、近所に商店街がある所でして
ここで学業とか諸々に勤しんでくれる事を期待するばかりです。

長女が現在大学一年、次女が中学二年で両方とも順調に
学生を終わってくれるとすればあと約八年半頑張れば、
一応は子育てに目処が付く事となります。
ギャンブル依存なんてやっかいな病気を持っているのに、
子供の進学に立ち会う事が出来るのは幸いな事です。

ちょっとは感謝して愚痴も言わずに黙々と働いていれば良いのですが、
最近は愚痴がめっきり多くて。なかなか良い社会人にはなれません。
年相応に小言も増えてきまして時々家人の逆切れを引き起こしています。

あと八年半経つと年齢は55才、家のローンも終わり
学費も終わった所でどんな風になっているのでしょうね。
会社には確か選択定年と言う制度がありまして、
その年で会社を去るのも良し、60才まで働くのも良し、
人によっては65才まで働くのも選ぶ事が出来たと思います。

その時が来るまで黙々と働き蟻さんとして働かなくちゃいけないのですが、
正直言うと最近迷いが有ります。もしかしたらこの迷いを持ちながら
ずっと暮していかないといけないのかも知れません。

不惑の年を迎えてから早いものでこの秋で早いもので7年。
46才なんてもっと落ち着いていて頼りになると思ったら
案外そうでもないです。自分だけかも知れませんが。
論語を読み返してみると50才でまた新しい節目が来るそうです。
ちなみにですが人の意見を素直に聞けるには60才にならないと
難しいそうです。嗚呼。有名な学者さんでもそうなんだから
まだまだ先は長そうですね。下手すれば一生だな。出来ずに終わったりして。

子曰、吾十有五而志于學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、
六十而耳從、七十而從心所欲不踰