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じわりじわりと

  • 2011/04/24(日) 11:07:33

最近つながった当初の頃を意識して話すようにしています。
ミーティングは過去どうだったかを話す場でもありますので、
おいらは人が寄り付きたくないほど狂ってましたと言う話を
積極的に話すようにしています。強化キャンペーンみたいなもんさ。

ステップ1の旧訳が「生きることがどうにもならない」と記述されて
いたのをある場所で最近知ったのですが、新訳の「思い通りに」より
おいらの心情的にぴったりとするように思えます。

本当にどうにもならないだったよ。

自分の意思でとか意思をとか言われてもどうする事も出来なかったけど、
この共同体で生きてゆく方法をやっと教えてくれた。とある仲間が
話して居たのを良く覚えています。俺たちはみんなどうにもならなかった。
それは薬物だったりアルコールだったりギャンブルだったり色々だった。

でもどうにもならないって本気で思えるのはまだ幸せなのかも知れないね。

時間をかけてじわじわと追い詰められてゆくと人間って順応するのが
上手いからどの時点ではっきりと狂い始めたのかよく説明が出来ない。
ギャンブル依存の中でもそんな狂い方ってのが世の中には有るみたいでさぁ。
なおかつ借金とか家族とか別の問題が何も無いと負の手がかりが無いから
何処で底を突くのか良く分からないさ。最初に状況的に追い詰められて、
その後少しアブスティナンスを送ってから生き方の問題にたどり着くのが
順当な路線なのかも知れないけれど、区切りが何も無くそれでも止めたいって
願いを持つと苦しいんだろうな。例えて言えば薄紙が段々と重なるように
ダメージが心の中に蓄積されてゆくような風なんでしょうね。

昨日改行が少ない小説を読んでいてそう思った。ただそれだけの事かもです。

父親なんてさぁ。

  • 2011/04/16(土) 01:33:37



先週末の土曜日、検査入院から父が退院しました。
腫瘍マーカーの数値が非常に高いので生体検査をしたのですが、
年齢の為かダメージが残っているらしく、実家を訪ねた時は
発熱をしていました。その後忙しいのに紛れて連絡をしていませんが、
何処からも連絡が無いところを見ると概ね順調であるのでしょう。

順調でないと困りますが。

気が付けば4月も半ばまで来ていました。下の娘の誕生日が近づいて
居るのですが何も準備をしていません。そんな事を思っていたら
家内がちゃんとしておいてくれました。昔は玩具屋さんで足りたんですが、
いまではJマートです。成長に伴い変わってゆきます。
家内も昔は引っ込み思案だったんですが今ではさっさと事を済まします。
これこそが旦那が当てにならない為の副産物でしょう。

最近は姉妹共々都合の良い時はやたらと懐きます。
でも決して並んでは歩きたがりません。
都合の悪い時は寄り付きもしません。下手に小言を言おうものなら
場合によっては事実をアレンジして家内にちくります。
時々そのまま軽くバトルに発展します。まったくうるさい家だ....orz
昔はお父さんお父さんと連呼していたのですが、
もう売り切れのようです。しょうがないですね(笑)

父親ってのは難しいです。娘ばかりなので難しさを感じますが、
息子が居たとしたらまた別の難しさを感じる事になるのでしょう。
なんてったって私の息子ですからぐれるか真面目か両極端な性格に
なるような気がします。残念ながらそういう機会には恵まれませんでしたが。
多分自分の父親も難しさを感じるときがあったんでしょう。
馬鹿息子は家の近所の派出所に捕まるし、茶髪で近所をウロウロするし。
ついでに暴言を吐いて家を出てくし、挙句の果てには行方不明になるし。

親孝行をしたかったです。色々とこんがらがっているのも確かですが、
できれば孫達と一緒に居る時間があればとも思います。
家族は小さい単位だけでなく大きいまとまりであればと思いますが、
微妙にこんがらがっています。嫁姑とかさぁ。色々。

大した事でないのですが誰かが調子が悪いと焦る気持ちが出てきます。
体調が悪いとかね。入院するとかね。まったく修行が足りないなぁ。
もうちっと修行するか。インドの山奥で。

銀柳街をぶらぶらして来ました。

  • 2011/04/10(日) 19:20:20

川崎駅前

ふとした事で帰郷してきました。そう言うと大した事のようですが
京急からJRに乗り換える時にぶらぶらと川崎駅の繁華街を
少し歩いただけです(笑)

一年ぶりの故郷の街は相変わらず猥雑で、もとい賑やかで
いま住んでいる街とは雲泥の差があります。

人混みの中を自転車が走り抜けて行くのもこの街の特色かもしれません。

路地裏には相変わらずおっちゃんがふらふらと目的無く歩き回っていて、
まぁ外面は良くなっていても所々相変わらずです。

ここまで書くと北部で育ったある仲間がニヤリとしてくれるでしょう。

狂っていた頃は存在しているだけで鬱陶しかった
この街ですが今は普通に懐かしいです。

昨日家内が結婚当初から使っていた整理ダンスを知人にあげる為に
中身を片付けていると古い金融会社のレシートと私が昔書いた
誓約書が出てきたそうです。夕食の際にニヤニヤしているので
聞いて見るとそんな話をしてくれました。

そうか人間は怒り心頭に達し過ぎるとニヤニヤするのかと
馬鹿面をして聞いていました。

思い返すと結婚式の翌日の事でした。新婚間もない家内を
喫茶店に残して独身時代に作った借金を実家に用立ててもらった
現金を手に端から精算して回りました。

全部回り終わって喫茶店に家内を迎えに行くと店の前で
家出してきた人のように立ちすくんでいました。

事情を聞いてみるとお店の人が不審そうな視線を
向けているような気がして耐えられず出てきたそうです。

その時は気にも留めなかったのですが確かに二時間は
女独りじゃ長すぎますね。私達の結婚生活はこんな風に
始まりました。最初は絶対にこれから頑張る、必ずこの人を
幸せにすると意気込んでいたのですが、その気持ちも
再発を繰り返す度に段々と変質をしてしまいました。

未だに彼女は病気のせいだから仕方ないとは言ってくれません。
でも最近は自分の問題の話をしていると病気だからといってする事は
あるでしょうと言った話し方になります。

彼女から見て自分に責任が取れる能力が身に付いて来たのを
感じているのかもしれません。思い違いかも知れませんが。

モラトリアム期間は終わりかぁ、遅まきながらですが
今から頑張りましょうか、これから始まりで。

ところで回心する前に洗体・マット・30分2980円って
看板が気になるのですが(笑)

第三回山梨ダルクセミナー

  • 2011/04/08(金) 23:22:12

どうやらちょっと動くと汗ばむ季節になっていました。
いつの間にか若しくは気が付けばといった感じです。
まだ朝晩少し冷える日もありますが日中体を動かしていると
制服の中に熱がこもるのが懐かしい感じです。

去年の今頃と言えば家内の手術の前でして時々病院に一緒に行っては
不安がったり色々と今後の話をしていたものでした。

退院後にまた家族と一緒に暮し始めたのですが、
北新に居た日々の終盤がちょうど去年の今頃でしょう。

毎日珍妙な物ばかり調理していたのですが、
最近はめっきり台所に立つ事は無くなりました。
嫌いじゃないので何か作りたいのですが、
この家の主婦のお許しを頂くことは中々無く、
食後に自分の食器を洗う程度になっています。

たまには優作鍋を作って食べたいのですがね。


さて話は変わりまして4月16日(土)に清里で山梨ダルクさんの
セミナーが開かれます。GAにもご依頼がありまして仲間がスピーカーを
努める事になっております。もしご興味のある方はどうぞおいで下さい。

第三回 山梨ダルクセミナー 「依存症と言う病」

日時  4月16日(土) 13:00〜
会場  清泉寮 新館ホール (北杜市高根町清里3545)
参加費 無料 

お問い合わせ NPO法人山梨ダルク 055−223−7774
       山梨ダルク本部DSC 055−242−7705

プログラム
基調講演 依存症と言う病・なぜやめられないのか
 山田幸子氏(精神科医 アパリクリニック上野)
アトラクション 富山ダルクのメンバーによる和太鼓演奏
当事者、家族からのメッセージ 薬物・ギャンブル・アルコール
スライドショー 「リハビリの現場から」小西貴士氏(写真家)