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・仲間の話・

  • 2010/02/28(日) 00:53:40

GAにつながった当初は親しい仲間は一人も居ませんでした。
無理も無い事です。ミーティングが終わると逃げるように、
駅に向かっていましたから。そのうちに何人かの仲間と
会話を交わすようになって、知り合いみたいな感じになってゆきました。

山梨から来ている事を告げるとみんなびっくりするので、
その反応を楽しんでいる所もありました。回復していなかったなぁ。

同じような体験は他の山梨の仲間もしていたらしく、
終電を高尾の駅で待っている光景はとても寂しかったと、
お互いにその頃を懐かしく思い返す事もあります。

先日自分のプログラムの為に横浜に行った時に、
自分が始めてつながった会場で午前中に開いていた
他のアディクションのミーティングにお邪魔してきました。
改めて関内の駅からそこまで歩いて見ると、
結構距離があって良くいつも乗り遅れる事無く山梨まで
帰ってくる事が出来たなと思いましたね。

神奈川のグループでミーティングにつながって
そのままそこに居ると思っていたとある仲間に
以前言われた事があります。なんでココに来ちゃったのと。
前のホームに居た時ですが、自分でもはっきりとは良く分かりません。
ひとつ分かっているのはある仲間にあなたは何々と、
なんだか遠巻きな事を言われたのがきっかけで、
そこのグループをホームにするのを諦めた事です。

その後昼間に開いている会場をHP上で知ったのが
きっかけで当時山梨から一番交通費がかからなかった
グループをホームに置く事になるのですが、
つながりたてのまだ何も分からない頃は、
自助グループというのに不信感を抱かせるのには
充分な体験でしたね。特に悪意は無いと当時も今も思っていますが、
もっと回復して見たいと思い始めたのはその時が一つの節目になっています。

正直に書きますが、前のホームにいた時から
山梨に会場を開くのは自分の目標の一つだったんです。
遠くから通っているのに役目を志願したり、
ミーティングの形態を弄繰り回したりしたのは、
将来の自分の為にしていた事で、別に周りの仲間を
思いやってしていた事では無いんですよ。

その当時の事を振り返ると自分では気が付かなかったんですが、
段々と上から目線の接し方を仲間に対してしていたと思います。

ある日、仲間から罵倒された事があります。
その日は仲間の訃報を聞いた後で非常に精神状態が悪く、
我ながらちょっと問題のある言動があったと思います。
お前になんか止め方を教えてもらいたくは無いわと
彼は五分ぐらい一方的に自分を罵倒していたと思いますね。

他の仲間は固まりまくるし、当時のチェアマンは気を使っちゃうし、
でも怒鳴りつけられた自分はさほど頭にこなかったのが、
不思議な感じでした。自分に落ち度があるのを分かっていたんですね。

その後再会した時は何故か打ち解けて、時々連絡をくれるようになりました。
先週の日曜日、彼のホームのミーティングに
お邪魔してきたのですが、相変わらずストレートなままで、
彼の良い所の変わらなさに安心しました。
多分粘りと頑張りで今止めているので、いずれ自分達と同じ道具を
手にしてくれればと遠くから見守るようにしています。

彼には常に気が付かされる時が多く、何故に親近感を覚えるのか
不思議でしたが先ほどの彼からのメールでやっと分かりました。
彼には自分に似ているところが多々あるんですね。

一年のバースデー おめでとう。今日は行けなくて御免ね。

「祈れ・働け」

  • 2010/02/26(金) 00:13:53

今週の日曜日から月曜日まで連休を頂きました。
納期が水曜日の仕事があって休み前の土曜日は
夜中の2時過ぎまで、一人でコツコツと働いていたのですが、
その時頭に浮かんできたのが「祈れ・働け」
その言葉に支えられて、連休をとっても充分間に合う所まで
仕事をしてきたんですよ。バター飴食べたくなったけど♪

人にはそれぞれ役割があってその為にセットされているのが、
ハイヤーパワーだとすると私は何の係なんでしょう。
額に汗して働く・頭に汗して働く・どんな形でも
生きてゆくのは労働するのとセットになっていまして、
働かないでも生きてゆくのは私には想像の範囲を超えています。

ステップ9のお陰で会えた旧友には体は大事にするべきだと、
体が健康で無いと家族を守る事ができないだろうと、
それだけは忘れる事の無いようにするべきだと言葉を送られました。
労働に対して感謝をしながら日々を送る事が
実社会の中で私が与えられた役割なんでしょうね。

話は変わりますが出向元から今後の動きが示されました。
おそらく出向が夏で終わる事になりそうです。
多分今まで従事していた分野ではなく、同じ会社の中でも、
かなり違う仕事になると思います。運送屋でも色々有るからね。
配属された先でどんな仕事になるのかは今の時点ではまったく不明です。
分かっているのはやった事の無い仕事であると言うだけです。

「祈れ・働け」 それだけで良いじゃん。

考え方として思い通りにならなくても良い事を覚えてから、
みんななるようになっているからね。確かに思った結果ではないけど。
委ねるってのは究極の楽観主義かも知れないね。
それで気持ちよく生きて行ければそれで良いじゃん。

「祈れ・働け」 私は頭が良くないからそれだけで良いや。

古い友人に会いに行ってきました。

  • 2010/02/22(月) 10:14:19

三多摩地区のある街角

昨日から関東に来ています。一泊二日のステップ9の旅です。
「すぐに」の方々に埋め合わせをする為に来ているんですが、
現在の生活圏の人ではないので、予め電話で相手方のご都合を
お聞きしながらなので、今までと違い心の準備が必要でした。
昨日は午前中は自分と同じ病気の仲間のミーティングにいって、
午後は他の依存症のミーティングによって、それから目的の人に
会いに行きました。スポンサーさんには「体勢を整えるんです」と
電話で埋め合わせに行く直前に一連の自分の動きをお話しました。

昨日お会いした人たちからは、これからちゃんとやっていてくれれば良いと
暖かい言葉を送られてきました。そしてお前が変わろうと努力するのは
過去の逃げ癖が目立つお前からは信じられない事だとも言われました。

元の会社の上司にお会いしてから故郷のある私鉄の駅前で
古い友人と待ち合わせて居酒屋で長い間話しこんで、
彼が親友と呼べる人だという事を思い出すことが出来ました。

今までの私はどんな人だったんでしょうか。
そして今の私は他人からどうみえるのでしょうか。

明らかな事は新しい生き方を選択した事が決して間違いではなく、
過去から考えられないほど人の温かみを感じる事は
このプログラムの中を経験してから学ぶ事が出来ました。

頭で考えても理屈をこねくり回す事でもないです。
ステップは行動するものです。やれば楽になる。
このプログラムの中で生きていたいです。

底を付いたか付かないか。

  • 2010/02/19(金) 23:14:49

底を付いたつもりだったけどって言い方もあるよねぇ。

状況的にギャンブルが出来ない底と、
生き方の問題に辿り着いてからの底と
2つ有るって話は前にもここに書いたけど、
何回もスリップしちゃったってのは、
ただ単に止まっていないってだけと
個人的には思うんですよ。
まだギャンブルがしたいのが、
正直な所なんでしょうね。

止まってないのなら放置して見守るのが、
本来の対応の仕方なんだろうけど、
これが結構難しいんだよな。
基本的に0か100なんで、
適度な関わり方が難しい。

自分で対応できないのであれば、
適任と思われる仲間を紹介するのが、
良いのだろうけど、そこまでたどり着くのも
簡単に出来ない。自分でやらなくちゃって
気持ちがそうさせるんだろうね。

突き放す優しさが欲しいです。