2009.12 «  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  » 2010.02

甲府のある会場

  • 2010/01/30(土) 14:49:23

NPOのかめ

今年に入って私どものグループも仲間が増えて参りました。
おかげさまでとしか言い様がありません。
立ち上げ当初は一人きりを覚悟して開けた会場が
いつの間にか手狭になって来ました。
残念ながら定員が10名の会場なので同じ施設の
別の部屋をお借りして開場するのを検討するようにもなりました。

いま使用している和室の床の間にはこの亀さんがおります。
感謝を込めてハンドブックを置いて見ました。
ただ今回復のプログラムを読んでいます。

今後は不定期でミーティングをする時、
この部屋を借りる事はあるのでしょうが、
本線の水曜日のミーティングはもっと広いお部屋を
お借りする事となるのでしょうね。

もうじき毎週は会えないね、亀さん。
君も初期の大事な仲間だったよ。
置物なんで話せないのが残念だったけど♪
あと手が短いのでチェーンハンドも出来なかったね(笑)

何故ここに居るのかってお話

  • 2010/01/29(金) 10:00:08

前のホームグループに居た時ですが、家族の方が
導いてつながった仲間が沢山いました。
そういう施設のプログラムに入っていたお陰なんですけどね。

時々私は依存症でもあなた達ほどは酷くないですとか、
こんなくだらない事は早く離れたいとかさ。
良くそんな話を聞く事がありました。
後は脱走する仲間とかね。これは他でもあるかぁ。

これが中々香ばしいもので必死に否認しているのですが、
あなたすっかりギャンブル依存症でしょう?って
状況をもって現在の生活をしているはずなのに、
まだまだ私は君達とは違うって言いたいんでしょうね。

つーかさぁ。ご家族の方が高いお金を払ってまでね、
そんな施設に入らなくちゃならないって現実を
なんで早く認めないのって良く思っていましたね。
その頃はまだかなり短気な頃で口にも出していました。

社会からつながるのも色々なルートがありまして、
家族が見つけてつながったり、医療や行政からつながったり、
最近はインターネット経由でつながるルートもあります。

どんな入り口でもある点を越えると自分の病気を
認め始めるのですが、家族経由の施設の仲間には
微妙な印象がその当時はありましたね。
淡々とプログラムをこなしている仲間は、
やっぱり淡々と回復していくし、
まだイヤだイヤだとダダをこねていた仲間は
その内に居なくなっちゃうし。どんでん返しも多いしね。

消えていった仲間の共通点は自己憐憫とかさぁ、
酷いのになると被害者意識が見え隠れしていたなぁ。
ボーンと突き放されてこれしか出口は無いって
思えるようになると社会に戻ったり新しい世間を
作り上げたりするのでしょうけど、
受身になったままの人はちょっと微妙だなぁ。

今日はちょっとお説教がましい事を書いています。
不愉快でしたら御免なさいね。

底付きが浅いだの深いだの、まだ君達ほど病は深くないとか、
色々見聞きしましたし、お前ほどは見込みは無い訳じゃないって
実際に言われた事もありましたが、あのね。良く考えて見て。
一人で来たりたまに家族と一緒に始めて会場の扉を開いたって事は、
自分じゃ無理って認めないといけないんじゃね?

何故ここに居るのか。見込みが無いからここに居るんじゃね?
普通の人なら夜の7時なんて一番テレビが面白かったり、
家族と一緒に居たり、一日の一番のゴールデンタイムでしょう。
それをこんなみみっちい話しかしない所に体運んでいるんだもん。
もうどんな方法でも生き方の方向転換をしないといけないって
素直に思いませんか?わたしゃ病気が酷いもので、
毎日でもミーティングには行きたいですよ。
今でも暇さえあればミーティング行っていますしね。

最初の頃から思っていたんですが、
ミーティングさえ途絶えなければ何とかなるって
考えが私にこびり付いているんですよ。
他にギャンブルから離れる方法は全然知りませんし。

何故ここに居るのか。このブログをお読みのあなた。
失礼ですが、かなりお病気が深そうですね。
なんてったってこのブログはカチカチのギャンブル依存症者本人、
それもかなり重症の本人が書いている文章ですから。

何処かの会場でお会いしましょうね♪

ある一線を超えていましたよ。

  • 2010/01/27(水) 16:05:39

最初の頃は確かにギャンブルは楽しかったですよ。
高校生の頃は背伸びをして大人ぶるのが気持ちよかったしね。
パチンコ屋の中って適当に不良ぶるのには手頃だったな。
喫茶店でたむろするよりも、やたら改造したバイクで
街を流すよりも、居心地は良かったなぁ。

あの当時からゲーム喫茶にも出入りしていたなぁ。
ジャンピューターしかやっていませんでしたがね。

高校を出てある会社に勤務していた頃の話です。
同僚の間でパチスロが流行り出しました。
ニューデートラインって機種なんですが、
仕事もそっちのけでみんなやり始めていました。
その頃から段々と雲行きが怪しくなっていましたね。

ちょっと問題になりつつ有ったのは、ゲーム喫茶がはやりだした頃。
サラ金もその頃からお付き合いが始まりました。
その頃、20年ちょっと前の京浜地区ってのは
喫茶店でフルーツが置いてあるのはあまり珍しくないし、
横浜のある駅を下りると町中の喫茶店がゲーム喫茶に
なっていたって話もありましたね。確かに川崎でも多かったです。
トランプのマークがゲーム喫茶のマークに見える位、
あの頃は町中に賭博ゲーム機が珍しくないほどありました。

当時の同僚や仲間と週末に連れ立ってゲーム喫茶に遊びに行く。
ある人はボーナスを全部使い果たし、ある人は貯金を取り崩し、
ある人は借金をした事を奥さんに告白してギャンブルから離れてゆく。
その当時の私と言えばそろそろギャンブルが問題になりつつありましたね。

決定的に破滅はしていないのですが、その後の数奇な人生が
始まる準備期間のような物でした。背中を押したのは当時の彼女との判れ。
自暴自棄になって毎晩一万円を持ってゲーム喫茶に通う日々。
もう借りたお金で賭けるようになっていましたね。
そんな調子ですからバンドも当然うまく行かなくなりまして、
段々と居場所が無くなりつつありました。

余談になりますが、自分が弾いていた楽器は毎日練習していないと、
如実にレベルが落ちてくるようでして、その頃はある楽器会社の
主催で開かれたコンテストで個人賞を頂いた時とは見る影も無い
無残なものでしたね。リズムは駄目、運指も駄目。ビートも無いw
ぶっちゃた話全部駄目でしたね。才能が無いのは気が付いていましたが、
酷すぎて酷すぎて。どんな小さなハコでも人前で弾けるレベルじゃ
無かったですね。でも弾いていましたが。不正直だよなぁ。

その後一人暮らしをしていたアパートが家賃を払えなくなって実家に帰り、
親に一度借金を清算してもらったのにまた借金を繰り返して、
ある冬の日に失踪する事になるのですが、どの時点でやりすぎていたか。
どの時点でコントロール不能になっていたのか。

自分では当時の彼女との別れがきっかけになったと思っていますが、
それはただ開花した瞬間でして、その前から丹念にギャンブル依存の
畑を耕して肥料を上げて、雑草をとってお手入れしていましたね。
生まれてきた時から培っていたギャンブル依存症の素質が
一気に顕在化しただけで別にその前からロクなもんじゃありません。

お金の問題でも道徳の問題でもなく素質があった。
ちょっと言い方悪いなぁ、そうせざるを得なかった。
そうしないと生きてゆけなかった。正しい位置に叩き込んでくれたのは、
ギャンブルだったんですね。それが無ければどうなっているかと言うとさ。
もっと凄い問題を抱えていたのかもしれませんね。
まだ問題の対象がはっきりしただけに解決しやすい部類に
有ったかも知れません。この適度な問題を渡してくれるってのは
人間の領域じゃありませんな。解決方法もナニだけどさぁ。

さてこれからはどんなドラマが待っているのでしょうか。
なにが起きても良いですが、誤った時に気付く事が出来れば
良いなぁと思っています。過去の私は気が付く事も無かったですから。

一日中フルーツをしていた日の話

  • 2010/01/26(火) 00:36:51

先日会社で積み立てていたお金が満期になりました。
前回はちょうど3年前。底を付く直前でした。
最初はこれでシン●を返済できるなぁと思っていたのですが、
全部ギャンブルで使ってしまいました。今回は大丈夫でしたけどね。

ちょうど三年前のある日の事でした。
その頃通っていたゲーム喫茶と言えば、
山梨県で一番の老舗のデパートの搬入口のそばに
ある老舗のゲーム喫茶でした。動物のマークのね。

なんか適当な理由を付けて家を出てきて、
午前中はちょっとだけ遊んでその後映画でも
見て帰ろうと思っていたんですね。

9時位に行ったんだっけなぁ。確か。
最初のサービスが溶けて、一万位入れてから
スイッチが入ってしまってベットを上げて、
バンバン叩き出していつもの迷走状態に入りました。

こうなるともうどうしようもなくなります。
店に入って入れてって言う前に予測出来たはずなのに、
全然駄目ですね。途中で一度席を立って、
マックにハンバーガーを食べに行くのですが、
その味気無さは凄いものでした。本当に舌が変になっていたんでしょう。
油粘土で出来ているような味気無さ。なんなんだこれはって感じでした。
うまくもなんとも無い。でもがっついて食べている。

店に入ってからまた再開するのですが、
コントロール出来ないギャンブルってのは
必ず負けるようにやり続けるのですね。
ダブルアップのボタンがぶち壊れて中断する以外は、
ただひたすらにビックだのスモールだのやり続けるのですね。

結論はあえて書きませんがご想像通りです。
呆然として映画館に飛び込んで映画を見てやっと帰宅するのですが、
何を見たのかよくわかりません。これだからキチガイのする事ってのはw

あれから3年かぁ、良く止まったなぁ。
我ながらゴキブリ並みの生命力だなぁ。
普通の仲間のGAはGamblers Anonymousですが、
俺だけゴキブリアノニマスかもなぁ。確かにゴキブリ見ると逃げるしな。
怖いんだよなぁ。時々飛ぶし。風呂とかで遭遇するとビビルしな。

自分に似ている仲間は苦手って法則が当てはまるのかもな。
昔浅草橋周辺で拾ったもの食べた事あるし。